戸籍上の父と生物学上の父

戸籍上の父と生物学上の父 【2014年8月号】

 

弁護士  杉   浦   宇   子



 最近、驚きをもってマスコミ報道された最高裁判決があります。
 平成26年7月17日付最高裁判決2件。いずれも似たケースの親子関係不存在確認請求事件です。
 婚姻中の妻が夫以外の男性Aの子を懐胎・出産し、子は戸籍上夫の嫡出子とされましたが、その後別居し、妻と子とAが同居しているというケースです(1つは離婚、1つは離婚手続中)。
 私的に行ったDNA鑑定で、Aが子の生物学上の父である確率が約99.99%とされ、母が子の法定代理人親権者として、親子関係不存在確認請求の訴えを提起しました。
 両事件とも、高裁判決は訴えを認めて戸籍上の父と子との間の親子関係不存在を認めました。
 ところが、最高裁は、いずれの高裁判決も破棄し、子の訴えを却下し、法律により嫡出推定が及び、戸籍上嫡出子として記載されたときには、真実は生物学上の父子関係がないことが明確になっても、戸籍に記載された父子関係を覆せないとしたのです。
 おそらく、現代の多くの人にとって、実の親子がDNA鑑定で分かっても、戸籍の記載を訂正できないという最高裁の判断には違和感を持つでしょう。

 日本の民法は、婚姻関係にある夫婦間に生まれた子を「嫡出子」とし、婚外子(=非嫡出子)と取扱を法律上区別しています。
 民法は「実子」の節の冒頭に「嫡出推定」の条文を置いており(772条)、懐胎や出生の時期が、この条文に該当する子は、夫婦間の子と推定するとされています。推定された結果、その後子どもは公には嫡出子として取り扱われるのです。
 つまり、戸籍上の「嫡出子」は、正確には「嫡出の推定を受ける子」という意味でしかないのです。出生届出の前にDNA鑑定して生物学的親子を確認するなんてしませんから。
 しかも、「嫡出の推定」を受けてしまうと、嫡出であることを否定するためには、夫から1年以内に嫡出否認の訴をする以外法律上方法はありません(774~778条)。
 婚姻中生まれた子どもが1歳を過ぎて生物学的に自分の子でないと分かっても、法律上は一生「嫡出子」として扱われることになります。
 この法律上の取扱には、『妻が懐胎すべき時期に、既に夫婦間で性的関係を持つ機会がなかったことが明らか等の事情があるときには、実質的に嫡出の推定は及ばないから(その場合の子を「推定されない嫡出子」といいます)、親子関係不存在確認の訴により、父子関係を争うことができる』という判例理論による修正もなされてきました。
 高裁判決は、いずれもこの理論を採用しました。
 しかし、最高裁判決は、妻の懐胎時期に夫婦の実態があったとして、「嫡出の推定」の効力を外さなかったことにより、形式的に条文どおりの結論となってしまったわけです。

 補足意見・反対意見もあり、最高裁も悩んだ様子ですし、立法による解決を要する問題かもしれませんが、DNA鑑定で真実が分かる時代に、「親子関係は法(国)が決める」という態度に、どのくらいの国民が納得できるのか、疑問はあります。